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産後クライシス:小さな子を持つ夫婦の大きな葛藤

今回は,内田明香・坪井健人(著)『産後クライシス』(ポプラ新書)について紹介したいと思います。著者の内田明香氏はNHK報道局記者,坪井健人NHK制作局ディレクターをそれぞれされている方で,この本は,2012年9月にNHKの朝の情報番組で放送した内容が元になった書籍とのことです。


産後クライシスとは「出産から子供が2歳ぐらいまでの間に,夫婦の愛情が急速に冷えこむ現象」(内田・坪井, 2013, p. 29)と定義されます。


妊娠すると,妻は出産に伴い,身体的にも,心理的にも,そして社会的にも急激な変化を体験しながら,母親という役割を自分自身の中に取り込もうと実に大変な時期を過ごします。

その一方,夫の方はなかなか父親としての自覚を持ちにくく,外で仕事さえしていれば役割を果たしたと考えがちかもしれません。そして,夫の側は妻の大きな変化に気づくことなく,自分自身は妻の出産前とそれほど変わらない生活・仕事スタイルを維持しようとすることによって,夫婦間の葛藤が起こるということが,産後クライシスのテーマとして取り上げられています。


これは世のお父さん方にとってなかなかに耳の痛い話であると同時に,お母さん方にとっては実にうなずける話かもしれません(お母さん方にとってはうなずけるでは済まないことでしょう)



夫と妻は生物学的な性差があることはもちろん,人としても異なった人間です。ですから夫婦で価値観や感じ方に違いがあることは当然と言えるでしょう。とりわけ,夫婦間ではお互いに対する愛情の持ち方にもギャップがあるようです。


この本の中では,出産後の夫婦それぞれが感じる「相手への愛情の経年変化」のデータが紹介されています。このデータによれば,「配偶者といると本当に愛していると実感する」と感じる夫と妻の割合が以下のように変化します。


妊娠期 :夫(74.3%) 妻(74.3%)

0歳時期:夫(63.9%) 妻(45.5%)

1歳時期:夫(54.2%) 妻(36.8%)

2歳時期:夫(51.7%) 妻(34.0%)


*ベネッセ次世代研究所 (2011)より。


このデータからは「配偶者といると本当に愛していると実感する」夫の割合は妻のそれと比べ緩やかに低下しますが,妻は妊娠期から0歳時期にかけてガクンと低下していることがわかります。


「配偶者といると本当に愛していると実感する」という質問の持つ意味については議論の余地もありそうですが,いずれにしろ,妻から夫への愛情は出産冷めることが一般的であり,一方で夫はそこまでではないというギャップがあることは確かでしょう。



また,内田氏と坪井氏のインタビュー調査によれば,出産後の夫婦において妻は「産後クライシスを経験した(つまり,夫婦間の危機を認識した)」と回答する一方で,その夫はそれを認識していないか認識していても「そこまでではない」と捉える傾向にありました

さらに,その際,妻の側としては離婚を考えることもままあったとのことです。



産後クライシスとの直接の関連は言えませんが,厚生労働省の母子世帯調査によれば,母子家庭になった時期として最も多いのが「子どもが0~2歳の時期」(29.1%),次が「3~5才の時期」(22.8%)です。

ここで示される離婚の一部が産後クライシスに由来すると考えることはある程度自然かもしれません。


離婚率でいうと,日本の離婚率は国際的に見て取り立てて高いわけではありません。それでも,内田氏と坪井氏は,仮に離婚に至足らなくとも「遺恨」を残す結果となるだろうと指摘しています。離婚は目に見えるネガティブな結果ではありますが,むしろ多くの妻は夫に対し恨みや諦めの気持ちを持ちながらも結婚生活を維持するだろうということです。


こうした産後の夫婦が抱える深刻な問題である産後クライシスにどう向き合っていけばいいのでしょうか?

その具体策として,内田氏と坪井氏は,妻に対しては言葉で夫に対し伝えること,夫の家事の完成度にこだわりすぎないことなどを,夫に対しては些細にみえる家事の手続きについてもそのプロセスを丁寧に理解しようとすること,「手伝おうか?」と言ったサブ的な態度ではなく,主体的な態度で家事や育児に向き合うことが提案されています。




参考文献

  1. 内田明香・坪井健人(2018)「産後クライシス』(ポプラ新書 https://www.amazon.co.jp/009-産後クライシス-ポプラ新書-内田-明香/dp/4591136779/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&keywords=産後クライシス&qid=1559082969&s=gateway&sr=8-1

  2. ベネッセ次世代研究所 (2011) 第1回妊娠出産子育て基本調査・フォローアップ調査(妊娠期〜2歳児期)

  3. 厚生労働省 平成23年度『全国母子世帯調査』


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